MAFUMAFUで世界のたい焼きを

仙台市本町を歩いていたら、新しい「たい焼きや」を見つけました。
こんなところに、たい焼きねえ。たい焼き流行ってるから、と思っていたら、背の高い外人さんが出てきてニコニコしてるではありませんか。

トーマス・オスブルグさん。
語学講座まふまふ」のスタッフですが、ここでは店長さんだそうです。

看板を振り仰いでみると、「IBUNKA-KORYU CAFE MAFUMAFU」。
「異文化交流カフェ MAFUMAFU」なのでした。

語学教室で講師を務める留学生らが接客し、目玉商品は各国の名物などを具にした「世界のたい焼き」。

小倉あん、クリームなどはあたりまえですが、ソーセージとジャガイモをサンドしたドイツ風とか異国のたい焼きなど種類たくさんあります。

ランチタイムはカレーとスープのテークアウト。

そして、夕方5時以降は立ち飲みバーとして営業。
店で扱うワインや日本酒は、すべて東北産。

外国人が集まるパブですから、しきいが高そうですが、小さなアットホームなお店。

スタッフは全員、日本語と英語、その他を話せるので、僕でもオーケー。
みなさんも気さくで、親切丁寧ですから、ものは試しと気軽に行ってみてくださいね。

「異文化交流カフェ MAFUMAFU」
営業時間:11:30〜24:00 電話:022-722-8065
→口コミ情報はこちら

MAFUMAFUのチラシ


ゆうとくんに心臓移植手術を!!

「ゆうとくんを救え」云々と書かれた募金箱を見かけて、これなんだろうと素通りしてしまったのですが、その後、知り合いから続々メールが来るにつけ、私もなにか協力できないかと思いました。

以下、「ゆうとくんを救う会 趣意」から要旨。

宮城県在住の横山由宇人くん(5歳)は、2009年11月に特発性拡張型心筋症を発症し、現在東北大学病院に入院しています。

補助人工心臓の装着を試みましたが、心臓の回復は認められずしかも危険と隣りあわせなので、残された治療は心臓移植だけ。現在日本では15歳未満の臓器提供が認められていないなどで、海外での心臓移植を決断するに至りました。

米国コロンビア大学病院での渡航移植の受け入れが決まりましたが、渡航移植をする場合、移植手術費、渡航費、滞在治療費など1億3500万円もの莫大な費用が必要になります。

由宇人くんは「パパ、ママ、ぼくおムネの病気が治ったら幼稚園に行ってお友だちといっぱいあそびたい、好きなものもいっぱい食べたいな!」という5歳児ながらの強い生きる意志を持っています。

有志が、「ゆうと君を救う会」を結成し募金活動をはじめていますので、賛同される方のご協力をお願いします。

実は、このような募金活動を伴った助け合いには、私は本来応じないことに決めております。
やっているのは、病気、災害、自殺などで保護者を亡くした子どもたちの奨学金制度を設けている「あしなが基金」のみ。
薄く広く人助けをするよりも、同じ年頃の子を持つ親として、その趣旨に賛同しますし、それに集中してできる限度での手助けをしたいからです。

…などと理屈を言いながらも、ゆうと君の写真とか子どもらしい生活を見ちゃうと、この子を死なせちゃならんと強く思うのも事実です。
「ぼくおムネの病気が治ったら幼稚園に行ってお友だちといっぱいあそびたい」なんて、けなげだよね(涙)。

それで今回は例外にしちゃって、私も寄付を行うことにしました。

みなさんも下記サイトをご覧になって、ぜひご協力をお願い申し上げます。

   →ゆうとくんを救う会 WEBサイト


悩んだときは山に行け

手帳の日曜の予定に「太白山?」と書き入れていたのに、前日の運動会ではりきったせいもあって、筋肉痛やらでそれどころではないおとこざわです。

最近、「登山女子」がはやっているそうで、朝日新聞にも載っていました。

mixiにも「登山は単独行がすき(女性限定)」というコミュニティがあります。
(覗いてみようと思ったがダメでした)

管理人の「ヌコたん」さんは、外資系の管理職で、ブログをみましたら「平日はOL(?)で土日はみかん農家見習い中」とありました。
http://green.ap.teacup.com/nukotan1/

10年前に登山を始め、山の会にも入ったのですが、ゆっくり登りたくて単独行に。

登り初めは仕事のことを考えてしまう。新規企画のアイデア、スタッフの雇用維持。そのうち呼吸が苦しくなって、頭が空っぽになり、ひたすら足を動かす。

わかるなあ。

ついに頂上。一人で静寂の中に身を置いて「自分と深く向き合えた気がした」。

出版社を経営する原田さんは、経営や家族の悩みなどをふっきるために気分転換にはじめた。
登山雑誌が企画した入門コースに参加したが、ついていけなくてショック。
装備を揃え、情報を集め単独行にトライし始めました。

登山やハイキング、クライミングなどの記録を共有できるサイト「ヤマレコ」 で「女一人登山」コミュニティを立ち上げました。

「一人で歩いていると、自分が自立したかっこいい女になった気がする」と笑う。

単独行は、速くも遅くも自分の立てたペースで山に向かえるからいいですね。

私もグループ登山は好きではありません。
でも、パートナーと協力して登るのもいいよ。

今週末にでも、山へ行きたくなりました。

   →美のため!?増える登山女子

   →森ガールの次は“山ガール”


亡きあなたへの手紙

ここ数年見る夢は、なぜか実家が舞台で子供のころの家族がいるんだけれども、いちばん仲のわるかった人がよく出てくるんだ。

当時は家族の鼻つまみ者で、冷たく接したり、悪態をついたりしたけれども、時が経った今となっては昔話になってしまいました。

温かい言葉をかけてあげれば、心もお互いにほぐれたかもしれないと、いまさらながら思うのです。

今朝の朝日新聞に載っていた記事から、そんなことを思いました。

生前は言い出せなかったこと。今だから伝えられること。そんな思いがつづられた手紙を受け取り、毎年5月の「母の日」に合わせて法要するお寺が秋田県鹿角市花輪にある。

法要では差出人の気持ちでお経をあげ、寺の写経塚に納める。開封はしない。自分は差出人とその大事な人との仲介役だから。

ネットを使って暮らしていると、メールの届く相手には頻繁に言葉をかけるけれど、そうでない人に手紙を書くことはめっきり少なくなってしまいました。

生きているうちに、思い遣りの言葉を伝えることは大切ですよ。
早速、手紙を書いてみよう。ちょっと気恥ずかしいけどさ。

ブログ「なまはげの独り言」にも詳しく書いてありました。

石んこ彫刻

川崎町にある「石んこ彫刻」の石神彫刻工房さんで開かれていた、
「石んこ地蔵・花祭り」にご招待をいただいたので、娘と訪ねました。

こちらの石地蔵を見ていると、思わず微笑みたくなってきます。
娘もにこにこしていました。



お祭りでは、手作り品の出店や餅つき、野外ライブなどが開かれていました。
平泉ご夫妻とも話ができたし。

仙台のフォルクローレ「エル・アルマ」の知り合いにもあって聴きたかったけど、時間切れで帰ってきました。

ゴールデンウィークの最初の日、いい心持で過ごさせていただきました。

フランク永井

昨日、大崎市松山に用事があったついでに、前から関心のあった「フランク永井展示室」を見学してきました。

フランク永井って歌は好きだけど、エンターテインメントとしての活動はあまり知りませんでした。

ジャズを得意としたがヒットに恵まれず、先輩歌手であるディック・ミネの勧めや、作曲家・吉田正との出会いを期に歌謡曲に転向した。1957年(昭和32年)の有楽町そごう(2000年に閉店)キャンペーンソングであった『有楽町で逢いましょう』が空前のヒットとなり、さらに既に発表していた『東京午前三時』『夜霧の第二国道』も相乗ヒットとなり、一躍トップスターとなる。自ら見出した松尾和子と共に歌った1959年(昭和34年)の『東京ナイト・クラブ』は、デュエットソングの定番として2000年代においても歌い継がれている。

コンサートにおいては、趣向を凝らし、緻密に練り上げられた構成のステージングに定評があった。約5年毎に大きなリサイタルを開いたが、そのうちのいくつ かは芸術祭で賞を受けたほどの語り草になっている。永井は進駐軍のクラブ歌手をしていた経験から英語に堪能であり、ステージでスタンダード・ナンバーや、『霧子のタンゴ』の英語版なども歌うことがあった。

日本のフランク・シナトラといってもいいかもね。
(そこから芸名取ったのかしら)

展示品は、古いレコードジャケットやステージ衣装、賞状やトロフィーなどが多数展示されていました。
これだけの業績がWebで公開されていないのももったいない。

この3/14には、「フランク永井歌コンクール」も開かれるとのこと。
覗いてみたい気もします。

展示室に流れていた「東京ナイト・クラブ」。
では、いってみましょう。

何気ない一言

他人の何気ない一言に助けられた

朝からじっくり読まされ、うるっときてしまいました。

最近聞いた話。

親の失業で生活が苦しくなった知り合いの家庭で、
母親と娘がささいなことで喧嘩。
落ち込んでいる母に小学6年の息子が肩をたたいて、
「明日になれば元気になるよ」。

災いのおかげで家族の結束が深まっている様子に感動させられました。

こういう一言が言える人間になりたいなあ。
そのためには、だまっていないで勇気だして、数多く声をかけることだね。

...と思ったその後に、
自分自身はあたたかい一言を感じる感受性が退化してしまってないかな、
と反省。
家族のみんな、社員のみんな、私、ふところを深くするようがんばるね。

草刈民代のヌード

草刈民代さんは「Shall we dance?」以前からのファンでありますが、昨日、衝撃的な出来事がありました。

草刈民代の裸身、朝日新聞全面広告に

20日付の朝日新聞に、昨年4月にバレリーナを引退した女優、草刈民代(44)のヌード写真が登場した。鍛え上げられたフルヌードは、21日発売の写真集「バレリーヌ」(幻冬舎)の全面広告で、36年間のバレエ人生で培った完璧なボディーは本人の希望で撮影されたものという。

夕食時に子どもたちに「今日の新聞には子どもたちが見てはいけないものが載っているから見ちゃダメ」と厳命。
(高校生の息子は、野球の記事を見るふりして見ていた模様。小学生の娘は毎日スクラップしている「おしえて!ドラえもん」の切り抜きを私に頼んで。)

その後、恐る恐る見ました見ました。

44歳ということで、どんなふうに隠した「フルヌード」かといぶかっていましたが、さすがバレエで鍛えた体。
スレンダーなボディにこんなに筋肉がついている人間は見たことがありません。

太もものあたりは女性を感じるけれども、彫刻のようなボディ、研ぎ澄まされた肉体美に感動させられました。

著名なバレリーナ、シルヴィ・ギエムの公演をビデオで見たときは、女性と思えぬ筋肉の太さに驚いたけれど、今回も負けずに驚いた。

この歳でヌードを撮らせた民代さんの、衰えぬ挑戦心と表現者魂を思わずにはいられません。

デジタルで失ったもの

1曲しかなければその1曲を大事にくり返し聴く。
10曲しかなければその10曲を大事にくり返し聴く。

だけど1000曲が小さなボディにまるっと収納されて、
いつでもどこでも気軽に聴けるとなったら、
もうどの1曲もたいして大事じゃなくなる。

CDや本が売れなくなってきた件 - 谷山浩子がどこかこのへんに… から。

大人になって自分の収入でレコードを10枚とか一気に買うと、
聴き方も感じ方もイイカゲンになって、
結局一ヶ月に一枚しか買えなかった時より不幸せな感じになった。

中学生のときからクラシックレコードを買い始めたけれど、当時は、廉価版を選りすぐりにすぐって、ようやく1枚を買った。
あのレコード盤に針を落とすときの、緊張感、期待感は、残念ながらもう味わうことはできないでしょう。
低い方へ低い方へ、
楽しくてキャッホーで不幸な方へ、
みんなで雪崩をうつように落ちていく。
わたしも。

妻はアナログな人だけれど、低いほうに落ちないように踏ん張っている。
けれども、彼女も、みんなに付いていけない寂しさとの葛藤にある。

私が幸か不幸か、私がIT業界に身をおいてるものだし、子どもたちは本能でデバイスを使いこなすし。

私にできることは、クラシックを一期一会のつもりで聞くこと。
FMラジオの歴史的な生放送を固唾を呑んで待っていた、あの頃の高揚感を思い出せ。

ピッカピカの1年生

今日の朝日新聞に小学館「小学一年生」のCM「ピッカピカの、1年生」にかつて出演した人のその後、が載っていた。

1978年、秋田県角館町の新入生5人が出演。
あれから32年経って、子どものときの夢はかなえられたか、自分たちの子どもは夢を持っているか...

あのCMは、おちゃらけた音楽より、子どもたちの期待と不安がこめられていて好きなCMだった。

YouTubeを探してみた。
500本以上作られたというCMのうち、2本だけを見つけることができた。

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