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「トリスを飲んでハワイに行こう」と「憧れのハワイ航路」が庶民を酔わせた

ハワイを意識したいちばん古い記憶は、トリスウィスキーのTVCM「トリスを飲んでハワイに行こう」でした。
ウチにもトリスおじさんのフィギュアの楊枝入れがあったっけ。



CMを見ると、抽選で1等100人にハワイ行きの「積立預金証書」が当たるというもの。
「為替自由化後実施」ともあるから、1961年時点ではまだ外貨が自由にできなかったということでしょう。

柳原良平のトリスおじさんにしゃべらせたコピーは山口瞳ですね。
庶民にとってはとっても高嶺の花のハワイ旅行を口端にのせて、甘美な響きにさぞ街も家庭ももりあがっていたことでしょう。

日系2世のジョージ・アリヨシさん(84)。

ハワイで生まれ育ち、86年までハワイ州知事を14年務めた人物です。
アジア系アメリカ人で初めての知事でもありました。

アリヨシさんは太平洋戦争直後の46年夏、占領下の日本に、GHQの通訳として働くため、渡航しました。

高いビルもまばらな東京丸の内で初めて言葉を交わした日本人が、靴磨きの少年でした。

聞けば7歳といいます。
「まだ子どもじゃないか」。
アリヨシさんは驚きました。

日本人に食料品を渡すことは禁じられていましたが、次に会った時、ナプキンに包んだパンをそっと手渡しました。

ところが少年はそのまま道具箱の中にしまい込みました。
「腹が減ってないのか」と問うと、「ペコペコだ。でもこれはマリコに持っていってやるんだ」と答えたそうです。
マリコとは少年の3歳になる妹でした。

わが子どもたちがこんな境遇に合ったかもしれないと考えると、涙が止まりません。
本棚にある「火垂るの墓」もまだ読めないでおります。

その2年後の48年、日本全国に響いたのが、岡晴夫の「憧れのハワイ航路」でした。

明るい高音で、甘美な単語を並べた印象的な歌詞が歌われて、庶民の南の島へのあこがれをかき立てて大ヒットとなりました。

アリヨシさんは、後に知事になって観光施策に力を入れました。
ピークの97年には222万人もの日本人がハワイを訪れました。
「日本人は他国の人々の3倍もの金をハワイに落としていくようになった。あの苦しかった日本が豊かに成長したことには驚くばかりなのです」と、アリヨシさんは語るのでした。

戦後日本に希望の歌声「憧れのハワイ航路」(うたの旅人ー朝日新聞)を読んで、戦後の悲しみと希望に想いを巡らせました。




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