<< 今日のおとこざわ日記 Nov 24 | main | 今日のおとこざわ日記 Nov 25 >>

吉野家の職人の遺伝子は不滅です

朝日新聞2010.10.26のオピニオン欄「耕論」の「逆境をゆく」。
3日目は、吉野家ホールディングス社長の「安部修仁」さん。

この人は、高卒のアルバイトからの叩き上げ。
それで東証一部上場企業社長となったわけで、生き方のすごくかっこいい人として尊敬しています。

すきやや松屋などライバル企業が、牛丼を200円台に値下げする「牛丼戦争」のなか、吉野家は380円で据え置いた。

その結果、昨年3月から売上高の前年割れが毎月続きました。

特に12月以降は前年比15%減に落ち込んだ。

残念ながら、吉野家の一人負け。

去年のお正月、菩提寺に墓参りしたら、壁に掲げた格言が目にとまりました。「小さな苦しみは愚痴を生む。大きな苦しみは知恵を生む」
心に響きましたね。(中略)問題の本質を突き詰めて本当に根を詰めて、うなりながら考えた先に、今の状況からジャンプする発想が出てくるのです。
(中略)表現はよくないですが、「テンパる」とアンテナが敏感に働く。逆に、安泰だと鈍くなるので、あの格言は見逃したかもしれません。

アルバイトから吉野家の杜員になったのが1972年。

1977年からは九州地区本部長を務めたが、1980年には倒産(会社更生法適用)を経験。

出店準備で派遺された米国から呼び戻された80年の会社更生法適用は大きな苦しみでした。急激にして味が落ち、破綻をを招いた。顔を泥水につけられたような経験から、本当にいいもの。悪いものを見極める目が養われたと思います。

その後、セゾングループの出資により再建された同社で、1988年の常務取締役就任を経て、1991年には、当時42歳の若さで代表取締役社長に就任。

学んだのは、一番正しいのはお客さんということです。お客さんの期待に応え、来店頻度を上げるには、質は落とせません。そこが、一番強いよりどころになるのです。
その姿勢は、2001年暮れから牛海綿状脳症で米国産牛肉の輸入が禁止された時も貫きました。他社が米国産以外で牛丼を販売しても、2年半、我慢しました。加盟店の突き上げもありましたが、輸入再開後を考えた。ブランド力に重きを置けば、何でもいいからと牛丼は出せない。新メニューで乗り切りました。

こういう頑固な姿勢が僕は好きなんだ。

いまもあるかどうかわからないけど、昔は、牛丼を時間内に一定品質でどれだけ美しく盛れるか、牛盛りコンテストが社内であった。

ファストフードのなかでは、職人気質の遺伝子が残ってるまれな企業だと思います。

9月から販売した280円の牛鍋丼が好調だそうです。
(私は、いまひとつだったけど。)
売上も前年を上回り始めているそうです。

先日、宮城県古川で紺色の吉野家をみつけて、目を疑ったけれど、そばと牛丼の店の展開を始めたんですね。

   →そば処吉野家

仙台市小鶴にもできた模様。

「人生は勝ち負けじゃない。負けたって言わない人が勝ちなのよ。」
小山内美恵子さんの「3年B組金八先生」から。

がんばれ、吉野家。
がんばれ、安部社長。

吉野家オフィシャルサイト
 
吉野家(Wikipedia)



コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック
牛丼
●牛丼牛丼大好きです。牛肉問題があって、吉野屋が安全性が確かめられる前に牛丼再開を報じた。むしろ逆効果なのかなと感じるところもあるのだけれど。吉野屋は、本物食べるのはもう少し、待って、どうしても食べたければ、推定レシピを参考に作ってみませんか?吉野屋
  • 推薦?各種料理レシピと料理の素
  • 2010/12/06 2:31 PM
profile
calendar
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>
おとこざわの本棚
漫画の新聞
selected entries
categories
archives
recent comment
recent trackback
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM