フルートとピアノのNew Year コンサート

Nさんに誘われて、鑑賞いたしました。

アンサンブルセンプリーチェ New Year コンサート

仙台フィル首席フルート奏者の芹澤暁男さんと
ピアノに星簇亜美さん。

会場は、錦町noLa。聴衆は40名で間近で演奏を楽しめます。

第一部はじめは「七つの子」。

前奏がはじまると、フォーレのドリーじゃないか?と思ったら、
うまく「七つの子」の旋律が乗ってきました。

次に芹澤さんの楽器紹介で、フルートの音の出しかたを聴衆のほとんどを占める理系向けに説明されました。
栄養ドリンクを使った宴会芸風のパフォーマンスは、私もいただき!です。

次に、フルートの速いパッセージと詠うアンダンテとの対比を魅せる
サン=サーンスの動物の謝肉祭から「鳥かご」「白鳥」。

ビゼー、アルルの女からメヌエット。
フルートソロの定番として。

期待の、モンティ「チャルダッシュ」...は、
ソプラノリコーダーで挑戦されました。

前半の最後は、マンシーニのメドレーで、
「シャレード」「酒とバラの日々」そして
ティファニーで朝食をから「ムーンリバー」。

演奏者の息遣いが感じられるホールで、
私は今日は音楽鑑賞よりも、運指を見ながら、息遣いの同期をさせていただきながら、エアフルートをひとり楽しんでいました。

さすが、プロ。私はエアで1曲ですら疲れてしまうのに、1時間半も連続して吹けるとはすばらしい。あらためて、感心させられました。体力ありすぎ。

ピアノの星簇さんは、ソロをうまく乗せてしまう安心感がすばらしいですね。
ときに、波のようなウネリに聴き惚れてしまいました。

主催は仙台応用情報学研究振興財団と日立ソリューションズ東日本。1月27日。錦町noLa。
後半は所用で退席。

スコップ三味線バンドが石巻で結成。景気のいい音鳴らしてね。

正月三ヶ日も最終日ですので、景気のいい話題を。

三味線に見立てたスコップを、音楽に合わせて、栓抜きでたたいて演奏する「スコップ三味線」(wikipedia)。

青森県五所川原市発祥の、すなわちエア三味線ですが、本当の津軽三味線の音とスコップを叩く音が妙にマッチして、リアル感を味わうことができるわけ。

このスコップ三味線のバンド「石巻スコッパーズ」が、石巻市で結成されました。
メンバーは、大学生、会社員など。

きっかけは、スコップ三味線家元、舘岡屏風山さんが、メンバーの一人が経営する飲食店で開いたライブ。

演奏に感動したメンバーがその場で練習をはじめ、12月には、五所川原市で開かれた第4回世界大会に初出場。

団体で特別賞を受賞したほか、個人戦に出場した鈴木さんが3位入賞を果たしました。

演歌やポップス、アニメソングなど20曲のレパートリーを用意し、地域の祭りなどで活動しているそうです。

僕の親戚の大学生が三味線を弾いて、あちこちで演奏しているとの話を聞いたばかり。
若い人たちが、伝統芸能に触れるのはいいことですね。

下のベテランは、第1回の優勝者で、白石市在住の城まさおさん。

福祉関連施設を中心にボランティアで演奏活動をしています。




市民がボランティアや資金拠出などで著作を作る「仙台文庫」創刊。

仙台、宮城、東北で活躍するさまざまな分野の第一人者に、本を執筆してもらい、全国に発信する「仙台文庫」が1月に創刊されます。

仕掛け人は、「メディアデザイン」代表の大泉浩一さん。

「杜の都を本の都にする会」として「一箱古本市」などを開催している「Book! Book! Sendai」で活動するうちに、編集者や装丁デザイナーなど本作りに関わる人々が、仙台にたくさんいることから、プロジェクトをスタートさせたそうです。

目指すところは、商業出版でも自費出版でもない「市民出版」。

「市民出版」とは、「ボランティアの編集者や費用の拠出者が、読者の代表として著者を励まし、支え、助言し、伴走することで本を発刊する仕組み」。

「商業出版や自費出版だけでは、自分たちの街の『書くべき人』が書かず、『出るべき本』が出ない可能性が高まる」ために、市民出版の必要性があると。

初回の出版は、まず、「ブックカフェのある街」。

編著はブックカフェ「火星の庭」店主の前野久美子さんで、ブックカフェの魅力や猖椶似合う街・仙台瓩諒發方を多士済々の著者とつむぎます。

そしてもうひとつが、「大きな羊のみつけかた−『使える』美術の話−」。

著者は、宮城県美術館学芸員の齋正弘さんで、保育園児と大学生のための「美術を考える授業」や、小学生と中学生のための「美術って、本当のところどうなんですか?」など、ユニークな視点を綴ります。

この有名なお二方のお話を聞きたいとは思っていましたが、機会に恵まれず、いまだお目にかかっていないので、発行されたら、いの一番に買って、読んでみたいと思います。

いや、発行所の「本の森」さんに予約しておけばいいんだね。

「仙台文庫」の成功を願っております。
なにかお手伝いできれば、さらにうれしい。

   →仙台文庫

   →仙台文庫創刊(一番町日記)


映画「イル・ポスティーノ」のチリの詩人、パブロ・ネルーダにあこがれる。

今度、生まれるときはデザイナーになりたいと思っていたのに、この映画を見た帰りには詩人になろうと誓っていました(笑)。

実話を基にしたイタリアとフランスの合作映画「イル・ポスティーノ(IL POSTINO)」。

ナポリの沖合いに浮かぶ小さな島に、チリから亡命してきた著名な詩人パブロ・ネルーダ(Wikipedia)が滞在することになった。

老いた父と暮らし、素朴な青年マリオは、世界中から送られてくるパブロへの郵便を届けるため配達人のアルバイトにつく。

次第に二人には友情が生まれ、詩のすばらしさを知ります。

マリオは、一目惚れした娘・ベアトリーチェに詩を送ろうとする。

挑戦的な表情のベアトリーチェが、彼の詩によって、笑顔になるシーンに思わず引き込まれる。

結婚式の日に逮捕命令の撤回が伝えられ、パブロはやがて母国へと帰っていきました。
音信も途絶えたパブロに届けようと、マリオが島の様々な音を集めていくシーンがとても美しい。

映画のあらすじはこちら

マリオ役の喜劇役者マッシモ・トロイージは、病気を押して、どうしてもこの映画を撮りたいと、まさに命を賭けた演技で、なんとクランクアップの12時間後に亡くなったという。

パブロ役は、ニューシネマパラダイスの老映写技師、フィリップ・ノワレ。
いい役者ですね。

音楽のルイス・エンリケス・バカロフという人は知らなかったけど、なんて叙情的。
感情を小舟のように揺する音楽。
アカデミー作曲賞。

この映画で、言霊が人の心をゆっくりつなぎとめることを教えられました。

それにしても、パブロは、詩人で、革命家で政治家で、ノーベル賞ももらって、女性にももてる。

これでスポーツ万能ときたら、非の打ち所がないね。
嫉妬するほど、かっこいい人生だ。

彼が妻に送ったという「100の愛のソネット」、読んでみる。




ミューズの神を舞台袖から引っ張り出すのは、結局、音楽への愛。「指揮者の知恵」を読んで。

オーケストラの指揮者って、指揮棒で拍子を取る以外に、何をしてるんだろう。
音楽に酔ったり乗ったりしているだけのように思えますが。

...というクラシック初心者の疑問を解き明かす本だと思って読み始めました。

指揮者の知恵(藤野栄介著)。

指揮者は指揮棒一本でオーケストラを自由自在に扱い、聴衆が感動する音楽を創造する神様のような存在に思えますが、その前に、プロともなると各楽器奏者自身が並外れたレベルにあるということを忘れてはなりません。

極論すれば、プロのオーケストラは、指揮者などいなくともコンサートマスターの合図くらいで、一定レベルの演奏はできる。

だから、初顔合わせの指揮者ともなれば、オーケストラの団員は、どれほどの力を持っているか、お手並み拝見と値踏みをされます。

しかし、それを凌駕する音楽性と音楽への情熱、指揮者自身の個性をもって、一曲の音楽を創りあげなければならない。

オーケストラがその指揮者が尊敬に値するかどうかを判断するのは、創造的な音楽の世界へ導く力があるのかないのか、音楽へにどれだけ愛情を持って、真摯に向き合っているのかということ。

と、こんな話を通して、オーケストラのリーダーとしての資質と条件を語っている一冊でした。

演奏の途中で、演奏家がミスをすることは一流であっても避けられない。
ピアニシモの中、聴衆の一人が、財布の小銭をばら撒いてしまうこともあった。
屋外で、恐ろしいほどの雷が鳴ることもある。

こんな時でも、指揮者は演奏を止めない。

アクシデントに動揺するのではなく、次の音をどう響かせるか、一瞬一瞬の目の前の音に最善を尽くすのが、指揮者であり、リーダーだ。

いい人生の作り方にも似てますね。

それにしても、いまは指揮に関するこんな入門書がたくさんあるから、うらやましい。

高校生で吹奏楽の指揮者をやっていた時分には、もっとしかつめらしい専門書で、指揮のなんたるかを追及したけれど、ほとんどわからなかったもの。

久々に、岩城宏行さんの著書でも読んでみましょうか。
あ、音楽への愛でいえば、山本直純さんも。

映像は、カルロス・クライバーを探し出すことにする。


「トリスを飲んでハワイに行こう」と「憧れのハワイ航路」が庶民を酔わせた

ハワイを意識したいちばん古い記憶は、トリスウィスキーのTVCM「トリスを飲んでハワイに行こう」でした。
ウチにもトリスおじさんのフィギュアの楊枝入れがあったっけ。



CMを見ると、抽選で1等100人にハワイ行きの「積立預金証書」が当たるというもの。
「為替自由化後実施」ともあるから、1961年時点ではまだ外貨が自由にできなかったということでしょう。

柳原良平のトリスおじさんにしゃべらせたコピーは山口瞳ですね。
庶民にとってはとっても高嶺の花のハワイ旅行を口端にのせて、甘美な響きにさぞ街も家庭ももりあがっていたことでしょう。

日系2世のジョージ・アリヨシさん(84)。

ハワイで生まれ育ち、86年までハワイ州知事を14年務めた人物です。
アジア系アメリカ人で初めての知事でもありました。

アリヨシさんは太平洋戦争直後の46年夏、占領下の日本に、GHQの通訳として働くため、渡航しました。

高いビルもまばらな東京丸の内で初めて言葉を交わした日本人が、靴磨きの少年でした。

聞けば7歳といいます。
「まだ子どもじゃないか」。
アリヨシさんは驚きました。

日本人に食料品を渡すことは禁じられていましたが、次に会った時、ナプキンに包んだパンをそっと手渡しました。

ところが少年はそのまま道具箱の中にしまい込みました。
「腹が減ってないのか」と問うと、「ペコペコだ。でもこれはマリコに持っていってやるんだ」と答えたそうです。
マリコとは少年の3歳になる妹でした。

わが子どもたちがこんな境遇に合ったかもしれないと考えると、涙が止まりません。
本棚にある「火垂るの墓」もまだ読めないでおります。

その2年後の48年、日本全国に響いたのが、岡晴夫の「憧れのハワイ航路」でした。

明るい高音で、甘美な単語を並べた印象的な歌詞が歌われて、庶民の南の島へのあこがれをかき立てて大ヒットとなりました。

アリヨシさんは、後に知事になって観光施策に力を入れました。
ピークの97年には222万人もの日本人がハワイを訪れました。
「日本人は他国の人々の3倍もの金をハワイに落としていくようになった。あの苦しかった日本が豊かに成長したことには驚くばかりなのです」と、アリヨシさんは語るのでした。

戦後日本に希望の歌声「憧れのハワイ航路」(うたの旅人ー朝日新聞)を読んで、戦後の悲しみと希望に想いを巡らせました。




指揮者バルシャイ逝去、胸に染み入る音楽

ロシア出身の指揮者、ルドルフ・バルシャイさんが、11月2日、亡くなりました。
86歳。

   →ルドルフ・バルシャイ (Wikipedia)

1924年、ロシア生まれ。
当初はビオラ奏者として弦楽四重奏団で活躍し、50年代に指揮者デビュー。
西側亡命後には、世界各地のオーケストラを指揮。

日本にも度々訪れ、初来日したのは1966年。

2004年12月には、急病のシャルル・デュトワの代役でNHK交響楽団定期演奏会を振っったそうです。

偶然、名古屋フィルハーモニー交響楽団の演奏会に客演しており、本来デュトワが指揮する予定だった曲目がバルシャイが得意とする室内管弦楽主体のものだったための人選だったとのこと。

こういうアクシデントなら、入場者も喜んだんじゃないでしょうか。

作曲を師事するなどショスタコービッチとも親交があって、交響曲全集を完成させ、自身の名声を高めた。

こんな写真もありました。

   →ロストロポーヴィチ、ブリテン、ショスタコーヴィチ、オイストラフ、バルシャイの写真

   →ショスタコービッチの交響曲5番から(YouTube)

はじめてバルシャイを聴いたのは、高校の音楽の授業で、バッハのブランデンブルク協奏曲第5番でした。
堅実なドイツ正統派風のバッハだった印象があります。

ご冥福をお祈り申し上げます。




大芸術、ひみつのアッコちゃん「すきすきソング」。小林亜星 meets R&B

お待たせしました。
オレ自身が、これ書くのを。

前に書いた、ひみつのアッコちゃん「すきすきソング」の続編です。

   →妻が大発見!ひみつのアッコちゃん「すきすきソング」の元唄
    (おとこざわ・とおるの「めしのタネ」)

作詞は、井上ひさし、山元護久のコンビでしたが、作曲は小林亜星。

1969年当時、少女アニメのエンディングによく採用されたな、と子ども心にも思ったアバンギャルドなぶっ飛んだ曲でした。

天才・小林亜星だったか...

作詞作曲が同じコンビによる上品なワルツのオープニングとのギャップがまたすごすぎる。

   →小林亜星(Wikipedia)

   →小林亜星オフィシャルサイト

詩の元唄は発見しましたが、曲のルーツはなにかなと探しました...
ありました!

   →「ひみつのアッコちゃん」のエンディング曲は、実はR&B!!
    (60〜70年代ロック研究所)

何気にラジオを聴いていたら、「ひみつのアッコちゃん」のエンディング曲がかかり、「懐かしいなあ」と思って聞き耳を立てていたところ、思わず「これって、ブッカー・T&ザ・MG’S」じゃん!!」と叫んでしまった・・・。

60年代に活躍したR&Bのグループだそうです。
「ブッカー・T&ザ・MG’S」...YouTubeで探しました。



おお、かっこいい。

忌野清志郎さんが、彼らのファンで、メンフィスで共演レコーディングをしている。
1992年の「Menphis」。



なんなんだ、この本物の中年ロックは。
歌詞が本気だ。
すごいわ。

これ追求していくと、話は終わらないので止めて、「すきすきソング」は、いま高校野球やジェフユナイテッド市原・千葉の応援歌として使われているそうですね。

   →すきすきソング Brass Rock 【ウィンズスコア】

そして、歌は、水森亜土。
昔から、両手でガラスに上手に絵を描く不思議なお姉さんでしたが、イラストレーター、歌手、女優、画家、作家であります。 

   →水森亜土(Wikipedia)

   →Phoenix / 水森亜土

水森亜土の絵描き、アーチストとしての才能はいまさら語る必要もありませんが、舞台女優、ジャズ・シンガーとしてもその個性をいかんなく発揮しているようで す。銀座・六本木・上野あたりのライヴ・ハウスでいまなお歌い続ける、根っからのエンターテイナーです。ステージではあのたどたどしい口調で、亜土ちゃん ワールド全開らしいのです。

「キャホー、亜土ちゃんで〜す。27才になりました、イェー・・・」とかいってるらしいです^^;
   →私がロックと出会った日“水森亜土・小林亜星”
    (黒船の“今夜もL-O-V-Eが降る)



王様の耳はロバの耳、やってるよ。
彼女の心のルーツは、ジャズよりブルースなんですね。

小澤征爾さん、ウィーンフィル51人目の「名誉団員」に

食道ガンの治療は終わったけれど、持病の腰痛でまだ療養を続けている小澤征爾さんですが、先月来日したウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮を断念されました。

しかし、ウィーン・フィルの「名誉団員」の称号を授与されたそうです。

小澤さんは、1966年のザルツブルク音楽祭以来、ウィーン・フィルとたびたび共演。
2002年には同団のニューイヤー・コンサートを日本人として初めて指揮し、また2002年から2010年6月まで、母体であるウィーン国立歌劇場の音楽監督も務めました。

これまでの名誉団員には、リヒャルト・シュトラウス、フルトヴェングラーなど、ウィーン・フィル168年の歴史の中で50名が選ばれているが、日本人としては当然ながら今回の小澤征爾が初めてでした。

贈呈式で小澤さんは「みなさんと一緒に、指揮者とは何か、オーケストラとは何か、そしてモーツァルト、ブラームス、マーラー、チャイコスキーなどたくさんのことを学んだ」と英語でスピーチ。

12月にはサイトウ・キネン・オーケストラのカーネギー公演を指揮するなど今後の予定も意欲満々な様子ですが、元気な姿をまた見せてください。

   →小澤征爾(Wikipedia)

   →小澤征爾音楽塾




日本を代表するバレリーナ・森下洋子さん35歳の「ジゼル」、繊細でキレのある演技

バレリーナの森下洋子さんのインタビューが新聞に載っていました。

1948年生まれというからいま62歳ですが、相変わらず美しく凛とした佇まい。

身長150センチ、体重38キロという小柄でありながら、日本を代表する不世出のプリマバレリーナ。
いまだ現役を務めているようです。

1985年、伝説のバレエダンサー、ルドルフ・ヌレエフと共演した『ジゼル』の演技に対して、舞台芸術で最も栄誉ある賞の一つ、ローレンス・オリヴィエ賞を日本人で初受賞。

1997年には、女性最年少の文化功労者として表彰されました。

小学校2年のとき、広島から夜行列車で一人で東京にレッスンに通ったり、12歳で上京してからは、真冬に滝に打たれたり、先生にムチで打たれたりといった猛練習で才能が開花。

仕送りなしでバイトしながら一人暮ししてたり、宿舎にいたときは早起きして後輩の弁当を作ってたりして、なおお花や日本舞踊も習っていたという苦労人でもあります。

若いころのバレエが映像に残ってました。
繊細でキレのある演技がすばらしい。

   →森下洋子(Wikipedia)




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